大判例

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千葉地方裁判所 昭和39年(ワ)260号 判決 1973年3月29日

原告

川口幹

外二名

右原告訴訟代理人

国広稔

同訴訟復代理人

大坂忠義

被告

社団法人鷹之台カンツリ倶楽部

右代表者理事

小島新一

右訴訟代理人

二関敏

主文

一  被告は原告川口幹に対し別紙目録(一)記載の土地を、原告川口中丸に対し別紙目録(二)記載の各土地を、原告川口新一郎に対し別紙目録(三)記載の各土地を、れぞれ明渡し、かつ昭和三八年一一月二〇日から右各土地明渡済に至るまでそれぞれの実測面積につき一反歩当り一ケ年金九二五八円の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、金員支払を命じた部分に限り、仮りに執行することができる。

事実《省略》

理由

一請求原因1と4の事実は当事者間に争いがなく、同2の事実についても契約条項(2)の期間の点を除いて当事者間に争いがない。

二そこで先ず本件賃貸借の存続期間について検討する。

(一)  <証拠>によれば、本件賃貸借契約締結に際しその期間は契約締結の日より向う一〇年間と定められたことが認められる。

この点につき被告は甲第一号証中の期間一〇年なる文言はいわば例文であり、それは単に地代その他の賃貸借の条件の再検討の時期としてその区切りを定めたにすぎない旨主張し、<証拠>中これに副う部分が存するけれども、右証言部分は前掲諸証拠および右認定の事実と対比してたやすく信用し難い。

もつとも本件賃貸借がゴルフ場経営のためになされたものであることは前記認定のとおりであるところ、ゴルフ場経営には多額の費用が投ぜられることは公知の事実であるうえ、本件賃貸借を含む一連の旧ゴルフ場の問題解決のために被告が相当多額の金員を負担したことは後記認定の上おりであり、その点で被告は一〇年間ではその経済的あるいは社会的目的が達し難いかの如く主張するけれども、それは要するに経営の仕方の問題にすぎず、ゴルフ場として一〇年という期間が明らかに不当であるともいえないからそれらの事実は必ずしも期間が一〇年と定められたとのさきの認定の妨げとなるものではなく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  ところで被告は本件賃貸借は建物所有を目的とするものであるから、その存続期間については借地法第二条の適用がある旨主張するので、その点について判断する。

およそ借地法第一条にいう建物の「所有を目的とする」とは、借地人の土地使用の主たる目的が建物を築造所有することにある場合を指し、たとえ借地人がその地上に建地を築造し所有することの承諾を得ていた場合であつても、それが借地使用の主たる目的ではなく、その従たる目的にすぎないときはこれに該当しないと解される。

そこで本件についてみると、本件土地を「ゴルフ場に使用する」目的で本件賃貸借がなされたものであることは前認定のとおりである。ところでゴルフ競技そのものはいわゆるゴルフコースによる完全な屋外競技であり、ただ、それが営業のために設けられる場合に通例いわゆるクラブハウスを始め各種の建物が設けられることは公知の事実であるから、その限りにおいて本件賃貸借契約上本件土地上にそれらの建物を建築し所有することにつき原告らの承諾がなかつたとはいえないけれども、それらはあくまでもゴルフ場経営のための付属の建造物にすぎないのであるから、それらの建物を建築しし所有することはゴルフ場として使用する目的でなされた本件賃貸借のいわば従たる目的であるというべく、その主たる目的であるということはできない。

そうすると本件賃借権は借地法上「借地権」といえないから、この点に関する被告の主張はそもそも授用するを得ないものである。

(三)  以上によると、本件賃貸借の存続期間は当初契約で定められたとおり契約締結の日から一〇年であつたといえるところ、契約締結の日が昭和二八年一一月二〇日であつたことは前記認定のとおりであるから、結局昭和三八年一一月一九日の経過とともにその期間が満了したことは明らかである。

三次に右期間の満了に際し、本件賃貸借が更新されたか否かについて判断する。

(一)  被告は本件賃貸借契約書第八条により、正当事由がなければ更新されるかの如く主張する(抗弁1の(2)は期間の定めがないことを前提としてなされているものであるが、弁論の全趣旨によりこの主張もあるものと解する。)ので、先ずその点について判断するに、本件賃貸借契約書であることが明らな<証拠>によれば、なる程その第八として「賃貸借契約満了の際は其の六ケ月以前に甲乙協議の上契約を更新することができる。」旨の条項が存していることは被告主張のとおりである。しかし右条項はその文言自体からも被告主張の趣旨の条項とは解し難いから、この点に関する被告の主張は到底採用することはできない。

(二)  また被告は右第八条により原告らは被告の更新の申入に対し協議すべきであるのに、協議に応せず、かつその後の使用継続に異議を述べず長期間を経たから更新の効果が発生したと主張するので判断するに、なる程前記第八条は期間満了の際、被告の申入に対し、特段の事情のない限り、原告らに少くとも協議には応ずべき義務を課したものと認めることができるけれども、だからといつて、右協議に応じない場合に当然更新の効果が発生する趣旨とは解し難い。

もつとも期間満了後被告が本件(一)ないし(三)の土地の使用を継続していることは当事者間に争いがないけれども、他方原告らが期間満了に先だち昭和三八年五月五日到達の内容証明郵便をもつて、被告に対し本件賃貸借契約を更新しない旨ならびに昭和三八年一一月一九日の期間満了と同時に遅滞なく本件各土地を返還すべき旨を通告し、更に被告からの更新の申入をも拒絶していることは当事者間に争いがなく、また<証拠>によれば期間満了後も右各土地の明渡しを求めてその後の賃料の受領を拒絶していることが認められる。

そうすると、被告の期間満了後における土地使用継続に対し、原告らが異議を述べなかつたということはできないから、さきの期間満了に際し黙示の更新はなかつたものというべきである。

(三)  以上によると、さきの期間の満了に際し、いずれの点からするも更新はなかつたことになるので、結局本件賃貸借はその期間の満了により終了したものということができる。

四そうすると被告は昭和三八年一一月二〇日以降権原なくして本件(一)ないし(三)の土地を占有しているものといえるところ、更に被告は本件明渡請求が「信義則に反し、かつ権利を濫用するものである」旨主張し、その理由として、被告法人の設立並びに本件賃貸借契約締結の経緯、就中被告が多額の金員を出捐して原告らの多年に亘る入植者との問題を解決に導いていたこと、そして右金員は実質上借地権利金とみるべきであること、被告はその目的事業のためその後莫大な資本を投じていること、そして原告らもゴルフ場の経営には多額の費用がその土地に投ぜられるものであることを知つていたこと、本件土地の明渡しがゴルフ場全城の閉鎖を余儀なくさせるものであること、更に原告らの本件明渡し要求には不当な意図があること等を挙げているので、以下これらの点について検討する。

先ず本件明渡請求が原告らの不当な意図に基づくものであるとの点についてみるに、原告川口幹、同川口中丸が旧ゴルフ場内の所有地につき本件と同じように明渡訴訟を提起しながら訴訟進行中に建設会社に右所有地を売却してしまつたことは当事者間に争いがないけれども、それだけでとくに同原告らに不当の意図があつたとはいい難く、したがつて本件明渡請求も同じ不当な意図に基づくものであるとも認め難い。

次に本件賃貸借契約締結についてみるに、<証拠>によれば、大要被告主張の抗弁3の(1)のとおりの経緯で本件賃貸借契約が締結されたことが認められる。右事実によると被告の設立により原告ら地主所有の旧ゴルフ場跡の入植者にからむ問題が解決されたことは明らかであり、その限りにおいて被告の原告らに対する貢献がなかつたとはいえないけれども、その際の金三五〇〇万円余に上る被告の出捐については、そのうちの相当額は補償料、離作料、家屋移転料として入植者に支払われたものであり、しかもそれらがもともと原告ら地主の負担すべきものであつたといえるか否か疑問であり、また原告らに直接支払つた分は立木等の補償料として支払われたものであり、また他に農協関係の支払分等もこれに含まれているから、それらの支払をもつて直ちに原告らに対する借地権利金の支払であるということはできない。

もつともそれらが本件土地に対する借地権利金でないにしても、被告がその契約当初三五〇〇万円程度の多額の金員を出捐していることは前記認定のとおりであり、更にその後その目的事業であるゴルフ場経営のため億単位の莫大な資本が投じられていることは<証拠>によりこれを認めることができる。

しかしながら他方検証の結果によれば本件(一)ないし(三)の土地はゴルフ場全域の南隅に位置しその面積も三万坪弱で、かつ地上には僅かに放水用の施設と小屋があるにすぎないことが認められるから、たとえ現在これにコースの一部がかかつていても、設計変更すればなお残りの部分だけで従来どおり一八ホールを維持しうる可能性もあながちないとはいい難く、仮りにそれができないとしても一八ホール以下のホールのゴルフ場もあるから、本件(一)ないし(三)の土地の明渡しが直ちにゴルフ場全域の閉鎖につながるものであるということはできない。<証拠>中右認定に反する部分は前掲証拠および右認定の事実と対比してたやすく信用し難い。そうすると本件土地の明渡しがなされても、これによつて現在までになされた被告の資本投下の効果はなお相当程度或いは殆んど残される筈である。そして他方本件土地周辺に宅地化の波が押し寄せ、それが地価の著しい高騰をもたらしていることは本件土地および周辺の航空写真であることに争いのない<証拠>によりこれを認めることができるから、こうした土地事情の変化に応じ原告ら地主が新事態に対処するため賃貸借の更新を拒絶し、これらの土地の明渡しを求めても一概にこれを信義則に反するものということもできず、そうである以上かりに被告の挙げるその余の事情が存していたとしても、最早原告らの本件明渡請求を信義則に反し、あるいは権利の乱用として認めるに十分ではなく、従つてこの点に関する被告の主張は、それらの事情の存否について判断するまでもなく採用するを得ないものというべきである。

五以上によれば、被告は本件(一)の土地の所有者である原告川口幹、本件(二)の土地の所有者である原告川口中丸、本件(三)の土地の所有者である原告川口新一郎に対し、それぞれの土地を明渡すと共に昭和三八年一一月二〇日以降各土地明渡済に至るまでその各実測面積につき一反歩当り一ケ年金九二五八円の割合による賃料相当損害金を支払うべき義務があるといわなければならない。

よつて原告らの本訴請求はいずれもこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言については金員支払を命じた部分に限り相当と認め(その余部分については相当でないので却下する。)同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(鈴木禧八)

目録<略>

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